福岡地方裁判所 昭和45年(わ)38号 判決 1971年8月30日
本籍
福岡県山門郡大和町大字塩塚九四三番地
住所
右同所
鉄工所経営
田島儀雄
大正七年一月二七日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官 谷道彦出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役四月および罰金二五〇万円に処する
右罰金を完納できないときは金五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人を福岡県山門郡大和町大字塩塚九四三番地において、出島鉄工所の名称で、海苔抄機、乾燥機、調合機の製造販売業を営んでいるものであるが、所得税を免れる目的をもつて
第一、昭和四一年度分の実際の総所得金額は二、二九八万〇、三〇八円でこれに対する所得税額は一、一一一万九、九〇〇円であるにもかかわらず、売上金を除外し、これを簿外の仮名預金に預け入れるなどの不正行為により、その所得を秘匿したうえ、昭和四二年三月一四日、大牟田市所在の大牟田税務署において、同税務署長に対し、同年度の所得金額は五七五万一、〇四七円でこれに対する所得税額は一七八万三、六八〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて正当な所得税額との差額九三三万六、二〇〇円を免れた
第二、昭和四二年度分の実際の総所得金額は二、二一二万二、一三〇円でこれに対する所得税額は一、〇六一万一、〇〇〇円であるにもかかわらず、前同様の不正行為により、その所得を秘匿したうえ、昭和四三年三月一六日、前同所において、大牟田税務署長に対し、同年度の所得金額は九二二万一、四四二円でこれに対する所得税額は三四八万六、八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて正当な所得税額との差額七一二万四、二〇〇円を免れた
ものである。
(証拠の標目)
全事実につき
一、被告人の当公判廷における供述
一、被告人検察官に対する供述調書二通
一、大蔵事務官の被告人に対する質問てん末書六通
一、田島トモヨの検察官に対する供述調書五通
一、大蔵事務官の田島トモヨに対する昭和四三年八月六日付、同月一〇日付、同月二六日付、同年九月一一日付、同年一〇月四日付、昭和四四年三月四日付、同年五月一〇日付各質問てん末書
一、藤木益春の検察官に対する供述調書
一、大蔵事務官の藤木益春に対する昭和四四年三月一日付、同年五月一〇日付、同月一六日付、同年六月二三日付各質問てん末書
一、大蔵事務官の船久保正雄に対する質問てん末書
一、大蔵事務官の野田正信、龍政義(二通)、吉田力、坂田光邦に対する各質問てん末書
一、藤木益春(田島高子)作成の売上高等に関する上申書(添付書類を含む)
一、橋本務、田中重治、古賀昭義、松本繁、田中佐代子、荒巻男、園田一美、浜口俊一郎、小柳清人、武藤益澄、高田千寿代平木義澄、竹下政義、弐町五郎、山田哲吉、片瀬文子、陣内文代、古川文也、坂井美佐男、久野二一(小野某)、長尾志枝、北村文二、白武房子(二通)、矢ケ部定代、福田貞六、泉惣一、田島満子、上田幸作、山口一吉、新居成一、米村俊明(二通)、浜垣義一、磯崎達太、千歳博、浜辺徳清、高重定雄、原弘、石橋覚、牟田初太郎、高口静夫、石尾幸八作成の各上申書
一、藤木益春作成の昭和四四年二月二六日付、同年五月一〇日付各上申書
一、西原金男、船久保正雄(昭和四三年一〇月四日付、昭和四四年三月一四日付、同年五月一〇日付)田島トモヨ(昭和四四年一月一七日付、同月三一日付、同年二月一日付、同年五月八日付、同月九日付)作成の各上申書
一、押収してある売掛入金帳一冊(昭和四六年押五〇号の五)
金銭出納帳一冊(同号の六)昭和四二年度売上帳一冊(同号の八)昭和四二年度納品失名簿一綴(同号の一二)売上メモ一綴(同号の一三)現金出納帳一冊(同号の四五)、集金帳一冊(同号の四六)、註文者名簿一冊(同号の四七)、定期預金明細書一冊(同号の四八)、代金取立手形通帳四冊(同号の四九ないし五二)、普通預金通帳一冊(同号の五三)、確定申告書、決算書、棚卸資産表一綴(同号の五四)
第一の事実につき
一、大蔵事務官の田島覚に対する質問てん末書
一、大蔵事務官の藤木益春に対する昭和四四年四月一〇日付質問てん末書
一、大蔵事務官の田島トモヨに対する昭和四三年一〇月三日付、同月一七日付、昭和四四年三月七日付、同年四月一〇日付各質問てん末書
一、過能定、江口九一、古賀佐津喜、古賀四郎、山田千代治、大坪多市、古賀次吉、島己代吉、荒巻忠造、島締義小柳音五郎、横山登、小柳初男、小柳勲、岡光男、川崎四郎、池田茂、北村豊、津口一馬、中川春義、浜崎順太郎林一則、宮永敬次、吉田勝春、古賀松雄、山下達沖、古賀清幸、北村房松、西尾善助、米田未次作成の各上申書
一、深町泰三、今井勲作成の各上申書
一、大蔵事務官作成の昭和四一年度脱税額計算書(添付書類を含む)
一、押収してある昭和四一年度所得税確定申告書一枚(昭和四六年押五〇号の一)、昭和四一年分総勘定元帳一冊(同号の三)、手帳一冊(同号の五六)
第二の事実につき
一、大蔵事務官の藤木益春に対する昭和四三年八月二七日付、同年九月一一日付各質問てん末書
一、江口京子、江頭藤八、小林喜利、江頭杉太郎、中島茂、藤田よしみ、城島和之、山下浅治郎、住江正三、常松久子、原田武郎、長久清忠、長田茂作、谷口純子、福留洋一、山本末次郎(昭和四三年一一月一一日付)、古賀喜重郎、今村治男、田中善太郎、小柳円蔵、本村健次、松枝忠次、江頭義春、新郷儀四郎、徳永一郎、田中儀平、寺本寛、伊藤ヨシヱ、松原明作成の各上申書
一、江頭勝行、山本末次郎(昭和四三年八月一〇日付)、藤木益春(昭和四三年一〇月五日付、昭和四四年五月八日付)、前川治郎、船久保正雄(昭和四三年一〇月五日付)作成の各上申書
一、大蔵事務官作成の昭和四二年度脱税額計算書(添付書類を含む)
一、押収してある昭和四二年度所得税確定申告書一枚(昭和四六年押五〇号の二)、昭和四二年分総勘定元帳一冊(同号の四)、納品請求書等綴一綴(同号の七)、昭和四二年分現金出納帳一冊(同号の九)、昭和四二年分売上帳一冊(同号の一〇)、得意先入金帳一綴(同号の一一)、受注控一冊(同号の一四)、請求複写綴七冊(同号の一五ないし二〇、二二)、昭和四二年度納品一覧表一綴(同号の二一)、納品複写簿二二冊(同号の二三ないし四四)、青色申告書類綴一綴(同号の五五)
(法令の適用)
被告人の判示一、第二の各所為は所得税法二三八条一項に各該当するところ、情状によりいずれも懲役と罰金を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項によりこれを合算し、その刑期および金額の範囲内で、被告人を懲役四月および罰金二五〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納できないときは金五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 塩田駿一)
控訴趣意書 〔控訴取下げ〕
被告人 田島儀雄
右の者にかかる御庁昭和四六年(ラ)第四二七号所得税法違反被告事件の控訴趣意はつぎのとおりである。
昭和四六年一二月一〇日
右弁護人 国武格
同 半田万
福岡高等裁判所第三刑事部 御中
記
被告人が本件につき、言渡された懲役四月(但し執行猶予二年)及び罰金二五〇万円の原判決は、つぎの各情状に鑑み重きに過ぎ、量刑不当である。
一、脱税の動機が悪質ではない。
被告人が所得を一部申告しなかつた動機は、単に自己の資産を増加させたいという物欲心から出たものではなく、被告人の営業は非常に不安定な海苔業界の影響をまともに受け極めて不安定なものであるから、不況時に、家族及び従業員(二〇~三〇人)とその家族が路頭に迷わないようにするためには、好況時において、その準備をしておく必要があるため本件犯行に及んだもので、その動機は同情でき、不純ではない。
二、脱税の手口は単純である。
脱税の手段方法は、単純なものから複雑なものへ七つ位の段階に分類されるが、被告人の措つた手口は、極めて初歩的な単純なものである。
すなわち、被告人は、単に売上を脱ろう(売上伝票を抜く)したに過ぎない。
しかも、脱ろうした売上金は、全て取引先の帳簿に記載されたうえ、売掛債権の支払は、約束手形でなされているにも拘らず、被告人は売上伝票のみ抜いて手形はそのまま所持していたので、実質的には脱ろうの措置を講じていないのと同様であり、いわゆる「頭隠して尻隠さず」でありかかる手口は刑罰に相当するような反社会性はない(証人福島安成の公判証書供述記載-一三〇一丁)。
三、被告人の得た所得は、被告人が寝食を忘れて努力した結果得られたものであつて、不労所得ではない。
被告人は、純粋の技術屋で、新機種を開発することを、唯一の楽しみとし、そのため、寝食を忘れて努力し、それが報いられて、業績が上り、所得も増加したものである。海苔機械業界は、競争が激しく、一刻でも油断していると他の業者に新しい機械を発明され、またたく間に自己の機械が売れなくなるので、被告は昭和二五年以来、学校は小学校しか卒業していないにも拘らず日夜新機種の開発を目ざして努力したのであり、この多年のたゆまぬ努力が実を結んで、今日の信用と収益を得ているのであるから、いわゆる水商売、パチンコ屋、及び医師等の脱税者とは全く所得の性質が異なるのである。この点は、情状につき十分斟酌願いたい(被告人公判廷における供述記載-一三六六丁)。
四、被告人は、改悛の情顕著である。
被告人は、福岡国税局から調査を受けたとき、進んでその調査に協力し、脱税額が判明した後に直ちに修正申告をして、所得税本税は勿論、一〇〇分の三〇の割合による重加算税及び事業税(県税)や市民税(市税)についても、修正申告して不足額を自ら完納している。
被告人はかかる、公租公課を納付するために、銀行等から借金し今日その返済に追われている状態である。
右事実は、被告人が誠実な人格を有し、自己の非を十分反省している証拠である。
(被告人の公判廷における供述記載-一三六八丁)
五、本件課税については、貸 の認定がなされていないため、被告人は実質的な収入が無いにも拘らず税金のみは完納している。
国税債権の発生については、法がいわゆる権利発生主義をとっているため、取引が成立すれば支払が得られなくても所得が発生したものと認定し、課税する建前になつている。
本件については、当該年分(昭和四一・四二年分)についても、売掛債権は取得したが、海苔業界が急に不況になつたため、右両年分の売掛債権の回収が思わしくなく、昭和四三年三月現在未収金が五、〇〇〇万円に達している(被告人の供述記載-一三六九丁)。それにも拘らず被告人は、右両年分の所得の計算では右未収金を含めて、所得が発生したものとしてその税金を完納した。
そのため被告人の営業は資金が不足し、現在、倒産の寸前にある状態である。
従つて、このうえ二五〇万円もの罰金を納付することは、倒産を招来するに等しく、被告人の営業にとつては、極めて困難である。
六、結び
以上の諸点を御斟酌下さいますようお願いします。